言葉は水物、すぐに死ぬ

月間10万PVありがとう。Twitterの話題を中心に「ちょっとこれ、どうなんだ」というネタに切り込んでいきます。      言葉が死ぬ前に、残しましょう。

コラム:リツイートが多いツイートは、大勢の前で演説しているということ。ではない。

 

ざっくりわからない人間のためにお伝えすると。

 

ポケモンをもとにした二次創作を、ポケモン未プレイの人が二次創作していて…」

という旨の話である。

 

本ブログでは、このツイートの正しさそのものにはほとんど触れない。

 

ツイートとその反応から、「人はそもそも、「リツイートが多い」という情報を間違って捉えていないか?」ということを悶々と考えるブログ記事である。

 

 

 

・戦士の嘆き

さて、本ツイートだが、みなさんこういったツイートが流れてきたらついついそれについて言及しちゃわないだろうか。

まあ、別にそれは普通だ。

リツイート数が12/22 21:51時点で6945RTあるが、それだけの人が賛同、あるいは反応したということだから、それだけ注目されているツイートなのだから、何かしら反応をしたくなるものだろう。

 

しかし問題は、リプライを飛ばす人々である。

 

 

はっきり言って、「ただの一般人」であることをすっかり忘れていないだろうか。

意見自体はまあわかる。

ただしそれは、「ただの一般人」であるツイート主に飛ばしたところでなんら影響を与えない。

 

そもそも元ツイート自体が、「二次創作をやっている戦場の中で、自分の気に食わない風潮があふれ始めている。本当にこのままでいいのだろうか……」という嘆きであり、その嘆きが、勝手にリツイートされただけである。

 

ただの、戦士の嘆きなのである。

 

その嘆きがたまたま世間の注目を浴びたというだけで、ただの一般人であることにはなんら変わりがない。

別に一般人なので、「ルールの押し付け」も何も、世間に対してルールを押し付けるほどの影響力など、存在しない。

だのに、リツイート数が伸びると、どうもこれを「上」の存在としてみて突っかかる人間が多い。

 

これはいったいどういう現象なんだろうか。

 

 

・これは、指揮官の演説ではない

 

もう少し詳しく考える。

僕が納得する形を、まず挙げよう。

 

例えば、ある問題に対し、その界隈で影響力のある人がそれに言及したとしよう。

よくある例でいうと、界隈のプロの方だったり、議員さんなどの公的な人間だったり、というところか。

そういった方々が発言する場合は、やはりどうしても「指揮官の演説」のような意味合いが出てくる。

もともと「影響力がある」と、事前にわかっているからだ。

フォロワー数が少なくとも、議員であれば意味合いが変わってくるだろう。

 

 

まあ例えばこういった方々は、そもそも議員とは国民の税金を動かし、国民に監視される存在であり、その発言は常に「戦場における指揮官の演説」の意味合いを持ってくる(なので、講演会や飲み会や、その場限りの発言であってものちに追求される)。

 

そういった方々のツイートは、どんな内容であれ、間違っていたり悪影響を与えかねない発言になれば、批判されてしかるべきである。

通常の一般人と違うのだから。

 

 

しかし、先にあげた、最初のツイートはどうだろうか?

所詮、一般人である。

最初から公権力を持って発言した人のツイートとはわけが違う。

そもそも、こういう話をすると「ネットなんだからみんなが見ているに決まっているからその責任を~」みたいなことを言う人もいるが、それはお門違いである。

誰しもがバズる方法を知らないからである。

だーれも、バズらん限り、バズる経験をしない限り、世間に注目されているなんて思わないし、意識していない。

バズったりすることで自分の意見が世間に影響を与えるんじゃないだろうか…!?

と、思うのはただの自意識過剰である。

 

もちろん、世間に向けて最初発信したんだろうが、結局、責任は後付けされているのである。

発言する時点で責任を問われる「指揮官」的存在と、拡散されてようやく責任を問われる「一般人」では、扱い方が違って当然なのである。

 

しかし、現状、どちらに対しても「指揮官」的影響力のある人間と思い込み、わざわざ一般人に対して、「戦場にこんな指示をだすとはなんたることか!断固として反対する!」といちいち言う輩が出てくるのである。

 

つまり、「前で演説している指揮官に対して、文句を言う」のと、「戦士の嘆きをたまたま撮影していた映像が瞬く間に世に広がり、影響力を持つようになったことに対して、文句を言う」のとでは、訳が違うだろう、という話である。

 

だからこの例で行けば、別にRT後にひとりで勝手に呟く分には、戦士が大々的に取り上げられた新聞を読んで「ふん、いい気なもんだな」とつぶやくのと一緒であり、なんら問題ない。

 

しかし今起こっている現象というのは、リプライを通して、その戦士本人そのものを追求する行為なのである。

 

リツイート数が多い、とは、世間が勝手に祭り上げたというだけであり、そこに指揮官的影響力を考慮せよ、指揮官がそのような発言をすべきではない、と批判をしたところで、それは論点のずれた話なのである。

 

・同じ戦士となり戦え。相手は権力者じゃない

 

じゃあリプライするなと言う話かと言えば、まあそこはあくまでも同じ一般人、「戦士」としてみればよいのではなかろうか。

 

もちろん、ツイートを世の中に発信した時点で、多少の責任は生じるだろう。

しかし、権力者ではない。いくらリツイートが多かろうが。

勝手に、指揮官的存在、いわば「権力者」に祭り上げてはいけない。

 

ツイッター界隈で議論するたびに問題になるのは、ここだと思う。

 

なんかしらの言及に対し、さもそのツイートが「この界隈を指揮する者である」といわんばかりに大きくとらえ、「やはり、貴様らの界隈はこのような人間しかいないか」というような指摘がうろうろしている。

違う。

目の前にいるのは一戦士である。

別に、ほとんど、戦況に影響しない。

ただの小銃一つの、戦士である。

一個師団を動かす指揮官とはわけが違うのに、勝手に大きく捉えている。

勝手に大きく捉えるからこそ、勝手に「リツイート数が多い意見は偉い、正しい、その界隈の総意」ととらえているからこそ、そこにありもしない幻想の軍隊を見ることになる。

リツイートは、肯定の意味だけではなく、批判の意味もある。

 

 

これなんかも、ツイートの内容そのものを10万人が評価した、のではない。

賛否両論になったからこそ、10万リツイートも伸びたのである。

 

僕がツイッターの議論を何度か「不毛」と切り捨てているのは、そこである。

ありもしない幻想の軍団に対し大砲をうち、どこにもあたっていないのに、その行為に対して「攻撃してきたぞ!」と大砲を打ち返し、結局必要のない戦争がうまれ、しかもその中でまた、幻想の軍団に大砲を撃ち、スカするということを何度も繰り返しているのである。

ほとんどの場合、ツイッター議論は「戦争を金儲けの道具にする武器商人」でしかない。

もちろん、僕がずっとツイッターにいるのは、中心地でまともに戦争している人間がいるからであるが、それ以上に、ありもしない敵を作り出し、憎悪を作り、それにより狂ったようにいいね!とリツイートを量産する、「リツイート武器商人」が腐るほどあふれているのである。

 

まあ、ツイッターをやっている以上、誰もがそうなる可能性があり、実際僕もそんなことを言いながら、武器商人から抜け出せているかと言うとそうじゃない。

やっぱり有名人にリプライしちゃったりするし、リツイートが多い人に、ついついリプライ送ってしまうこともある。

 

だからこれは僕含め、ツイッターをやっている人間なら、心の奥に置いておいて、定期的に読み返したり思い返したほうがいいんじゃないかな、と思い、当ブログを書いた。

 

参考になればなあ、と思うばかり。

 

 

 

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