言葉は水物、すぐに死ぬ

月間10万PVありがとう。Twitterの話題を中心に「ちょっとこれ、どうなんだ」というネタに切り込んでいきます。      言葉が死ぬ前に、残しましょう。

コミュ障が感じる”権威の衣”はどうやったら剥ぎ取れるのか

権威の衣。

 

なんとなーく、コミュ障の自分に一番邪魔だと思っているものだ。

この権威、というのは、世間一般で言う権威よりもかなり広義な意味で今回は使う。

 

人によって、権威に感じるものは違うので。

 

たとえば、わかりやすい権威でいえば上司部下の関係だろう。

会社での社長という存在は、会社という組織の中で一番上の権威の衣をかぶっている。

 

この権威の衣ってめちゃくちゃ厄介なんですよ。

だってそれ着てたら、コミュニケーションとりづらいじゃないですか

少なくとも社長に「よっす~!!」なんて感じで話しかけるのは厳しい(もちろん会社によるだろうけど)

 

今、会社による、といったが、それと同じ理屈で、こちら側(権威がない側)にもよる。

 

どういうことかというと、そりゃ3人くらいの会社で、社長に対して「恐れ多い・・・」とかはなかなかないだろうが、5000人の会社の社長だとどうだろう。

一般的に考えれば、後者のほうが「恐れ多い・・・」と感じる人が多いだろう。

 

しかし、それはあくまでも一般的に、である。

 

例を挙げてみて、どうだろう。

「え、俺は違うけど…」

「俺はそうだけど、特に気にしてない人が周囲におるな…」

とか、ないだろうか。

 

そこである。

 

権威の衣というのは、人によってまったく意味が違う。

 

会社での権威の衣なんざ、「いつでもクビになってもええわボケぇ」という人と、「クビになりたくない…しんでもこの会社にかぶりついておきたい…」という人では感じ方がまったく違うだろう。

 

そういうことである。

 

 

どういうことや。

 

ちょっと視点を変えよう。

 

要は別に会社での権威なんざさっぱり気にしない人もいるし、逆に普段ほかの人が全く気にしないところに「権威」を見出すこともあるということだ。 

 

たとえば、僕はそれで言えば、「気遣いができる同年代」にめちゃくちゃ権威を感じており、コミュニケーションがまったくうまくできなくて吐き気がする。

年が多少上であればそれは感じなくなってくるが、同年代でできるということがポイントである。

気遣いなんて多少できればよくてあとは言語の殴り合いとかそんなことやっていると、めちゃくちゃ丁寧に風呂敷で包まれた言葉をすっと差し出されるとどうしていいかさっぱりわからない。

 

僕の中での、同年代という組織においての権威が、「嫌な顔をまったく見せずに気遣いできる」ということなのだ。

僕が見えているところは、スクールカーストの上のほうの存在で、こんなゴミカスに嫌な顔をまったく見せずに接することができる、という権威が、彼らは纏っているのだ。

 

当然だが、これにさっぱり脅威や恐れ多さを感じない人はいる。

権威の衣は人によって違うから。

 

 

当たり前だが、社長に対して「うーっすちーっす!!!」で通る世の中と通らない世の中があるので、「権威の衣は気にするな!!特攻しろ!!」なんてことは口が裂けてもいえない。

しかし、先ほどの、同年代の気遣いできる人々で考えたらどうだろうか。

社会人にもなって、その権威に敬意を示さなければハブられたりでもするだろうか。

自分が感じる権威に従うことが、よりよく楽しく生きていける方法なんだろうか、といわれると違う。

 

 

話は違うが、この前高学歴の人と話した。

東大、京大の人々。

学歴コンプをこじらせかけている僕にとっちゃ、権威感じまくりで重圧ではくかと思った。

別にその人々が学歴の話をするわけでも、頭が悪いと僕にいってくるわけでもなんでもない。

ただただ、勝手にそこに権威の衣を見出しているに過ぎない。

権威の衣を、彼らが着ているのではない。

 

勝手に僕が、相手に権威の衣を着せているのだ。

 

そんなことをして、コミュニケーションをとったところで、なんになるんだろうか。

 

当然、その日はコミュニケーションはめちゃくちゃ。

まともなコミュニケーションが取れたという感じはなかった。

さらしたくもない馬鹿をさらにさらしたという感じしかなかった。

 

コミュニケーションとは、自分にしかないものと相手にしかないものをすり合わせることにこそ意味がある。

自分が、相手の劣化版であったら何の意味もない。

どういうことかというと、権威の衣を見ていたら、結局はその権威の中でしか話ができず、そうすると、相手より権威のない自分にはなんにも価値がないのだ。

 

だから、僕が東大生と無理してあわせようとして、知的な話をして、それが相手のタメになるか?

ならない。

僕は僕にしかないものを提供しなけりゃ話にならん。

コミュニケーションにならん。

下手に権威を感じて、無理に相手に合わせようとして、相手の劣化版になったところで、そんなもんは不要だ。

 

そういうことなのだ。権威の衣をはぐというのは。

 

 

そうやって見ていったら、身の回りのいろんなところに、権威の衣というのは存在していて、それがコミュニケーションの邪魔をしている。

 

だから、そういう邪魔な権威は、どんどん剥いでいきましょう。

消し去っていきましょう。

 

権威の衣。

 

あなたの身近にもある、権威の衣。

 

どうか「こういうのもあるんじゃないかな~」とかあったら、教えてほしい。

 

 

 

「コミュ障」の社会学

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権威と権力――いうことをきかせる原理・きく原理 (岩波新書 青版 C-36)

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