言葉は水物、すぐに死ぬ

月間10万PVありがとう。Twitterの話題を中心に「ちょっとこれ、どうなんだ」というネタに切り込んでいきます。      言葉が死ぬ前に、残しましょう。

コラム:合理的クズのススメ~元気モリモリご飯パワー世界選手権を目指すな~

 

このツイートに関してもうちょっとしゃべりてぇなと思ってPCを起動してはてなブログを開いた。

メンタルに関する目標設定。

まあ、頑張るだとか、元気出す、とか、明るくする、とか、優しくする。とか。

それに関して二つの壁がある。

 

①自分の今の限界値がわからない

②限界値を測ることがそもそもできない。

 

この二つ。

順に考えよう。

 

 

①自分の今の限界値がわからない

 

まーわかりやすいんじゃなかろうか。

体力的な限界値を先に考えれば。

 

「全人類、100m10秒切れ!!!!!」

 

いやいや、日本人で考えたら、生きてるの2人くらいしかできてへんぞ、無理やぞ

 

というのがすぐにわかるので、無茶ぶりであることがすぐにわかる。

 

しかし、メンタル的な問題、感情的な問題になるとどうもそれが難しい。

 

記録を取っているわけでもなし、表面的にわかりやすい話でもないからである。

 

たとえば、会社でとても寛容でニコニコしている人がいたとしよう。

まあサークルでも良い。

そんな人が二人いたとしよう。

 

二人とも同じように慕われ、同じように皆の頼りになる存在。

 

そしたら二人は同じ記録なのだろうか?

二人とも、陸上でいう「100m10秒」なのだろうか?

 

答えは否である。

 

例えば、寛容と言っても、「会社で出している寛容さが限界ギリギリの寛容さ」であるAと、「全然まだまだ余裕ある感じで寛容になっている」Bとではえらい違いがある。

ようは、他人を受け入れられる容器があるとして、Aが10入るのに対して9まで受け入れている。一方Bは100も入るのに対して9まで受け入れている。

 

これはえらい違いである。

おんなじ9を受け入れていても、限界が全く違う。

 

しかし、これはあくまでもたとえなので、「他人を受け入れられる容器 日本選手権」「他人寛容さ高校大会」なんてものはないので、全国大会優勝者がどのレベルなのか、県大会優勝者がどんくらいなのか、まあいわば「クラスで一番」レベルがどんくらいで、「全国優勝」がどんくらいなのかがわからないのである。

自分が10の器なのか、100の器なのかは永遠にわからない。

 

だからえてして、100m20秒の人間が「100m10秒目指します!」と宣言するようなことが、メンタル面では起きてしまう。

 

ようは、そいつの精神的な体力が10なのに対して「元気バリバリ!毎日100で頑張ります!」と宣言しているのだ。しかしそれがあんまりにも無茶であることは、本人が気づかなければ他人は絶対に気づかない。

 

もうちょいわかりやすくしよう。

 

ここに知り合い5人がいる。

んで、5人はスポーツに関しててんで知識がない。

そんな中で1人が

「俺は遠投130m目指します!!!」

といったとしよう。

(遠投…ボールを遠くまで投げること。野球でよく「遠投〇mできた」とかよく話す)

野球わからない人、これがわかるだろうか。

わからないよなあ。

そうなると

「うーん、130mね。ま、いいんじゃない。がんばりなよ」

となってしまうのである。周囲の人間は。

 

しかし、実際のところ、130mはプロレベルである。

130mも投げられたら、プロでもある程度肩が強いといわれる人間である。

そんなん素人がいきなり目指せるレベルではない。

 

まあそんな感じで

 

自分の今の実力の把握

 

これが抜けていることに関しては、どうも目標を平気で高くしてしまいがちである。

 

メンタルや感情に対する目標設定の問題点(もっと寛容になるとか、もっと頑張る、とか、もっと明るくする、とか)は、いかんせん自分がどのくらいが限界かがわからないため、無限に設定を高くしがちなのである。

 

 

②限界値を測ることがそもそもできない。

じゃあ自己分析ができればいいな!

自分の実力がわかればいいな!

 

というところだが、ところがどっこい、そうは問屋がおろさない。

 

そもそもその限界値、どうやってはかんねんという話である。

 

先ほどの体力面の話で言えば、例えば一般的にプロ野球選手をあげてみよう。

彼らは中学~高校くらいからずっと野球尽くしの人生を送っており、だいたい早い人で30代で限界がきはじめ、40代になるとだいたい引退する。50代は珍しいほうだ。

 

つまり、たとえば、30歳くらいまで野球をやっていても、まともに野球がうまくならなければ諦めたほうがよい。


それは一般的に、20代ぐらいでプロ人生のピークがきて、30歳半ばでそのピークが下降してくるからだ。

 

それは、今まで記録に残っているからはっきりわかる。

毎年の成績も、その時の映像も時には残っていたりする。

 

だから、わりとみんなの「プロ野球選手になるための値」というもんの限界値と、目指せるかどうかの測定は、今あるデータでできる。

 

 

しかし、メンタルの場合、どうだろう。

先も似たようなことを述べたが、元気さや頑張り度合いというものに数値化の概念はない。

 

「元気モリモリご飯パワー5000!!!世界記録です!!!!!!」

 

なんてことは起こりえない。仮に、例えばここに「元気モリモリご飯パワー」という、元気の度合いを表す指数があったとしても、僕が50元気モリモリご飯パワーなのか、100元気モリモリご飯パワーなのか、測定器か何かがなけりゃわからないのである。

そもそもの測定ができないのである。

 

 

そして、他人によって、「無理!」の度合いも違う。

例えば僕の周囲で考えると、僕は暇つぶしの道具さえあれば行列は4時間でも5時間でも待てるタイプ。しかし、後輩は30分ですら一人で待つのはたえられないらしい。暇つぶしの道具があっても、だ。

これを精神論でとらえだすと、「そんなんなんとでもなるだろ!!!」というアホが誕生するが、それは実際問題、100m30秒の人間をオリンピックに出そうとしているトンチンカンとなんもかわらんのである。

 

この「無理!」の度合いがわからないため、それは各々の中にしかない苦しみで、比較しようがない。つまり数値で言えば「僕が30分待った苦しみ」と「後輩が30分待った苦しみ」は一緒に見えるが、実際は違うのである。

ただ、数値上はいっしょ。

 

だから、プラスもマイナスも、自分の許容値以上の目標を勝手に設定してしまうのである。

 

 

そうやって、そもそも、自分の精神に関すること、感情に関することは、どうも高く設定しがちになってしまう。

 

 

③では、どうすればよいか?

 

さて本題です。

 

クズになりましょう。

 

ゴミくずになりましょう!さあはやく!!クズになるんです!クズ!

はいクズ!クズ~!すぐなりましょう。

 

なんでかというと、それは「無理をしすぎるから」です。

 

無理をしすぎる人は、どうも目標をアホみたいに高くして、それができない自分を責める傾向にあります。

しかしそれだとメンタルが持ちません。

 

自責の念にかられて即死です。

 

精神きつい・・・みたいな話をすると、「肩の力を抜きましょう」だとか「気楽にやりましょう」だとか「考えないことです」みたいなコメント見るたびに

うるせー!!!!!!!!!!!!!!!

とかよく思ってましたが、答えはクズになることでした。

 

クズになりましょう。

 

なんでかというと、たいがいの人が目標高く設定しすぎているので、本人がめざすところまで及ばないが、ちょっとだけ今の自分より高いところをまず目指すのです。

 

そこがわからないので、「クズ」を目指そうという話を行いました。

 

これは実に合理的な発想です。

 

あなたが目指している理想像は、おそらく100m10秒台です。

無理です、その目標。

無理です、その精神目標。

もうちょっとランク落として15秒とかにしましょう。 

 

ただ、そういうってもなかなか難しいので、「クズ」としております。

 

もしあなたがガチでオリンピックを目指していて、ガチで100m10秒出せるポテンシャルがあるのに、靴選びやコンディションが悪く15秒でしか走れないのなら、「クズだ…」となってしまうのは、まあしゃーないでしょう。

 

しかしあなたはオリンピック選手じゃありません。

 

元気モリモリご飯パワー世界選手権常連に勝手にならないでください。

 

そーゆーことです。

 

ちゃんと目標設定しましょう。

 

とはいっても、あなたはなかなか世界レベルの目標を、そんなにすごい目標とは思えない。

だって比較のしようがないですもんね。

 

だから、クズになりましょう。

 

あなたが100m10秒で走れるとマジで思ってしまうのはまあしゃーないとして。

それなら、クズを目指してください。

100m15秒台のクズを目指してください。

 

それを続けていたら、「なんだ、案外クズじゃないじゃん」「案外自分より遅い奴いるじゃん」とかいろんなことに気づくので。

 

とりあえず、クズになりましょう。

 

世界選手権は目指しちゃだめです。

 

2020年元気モリモリご飯パワー世界選手権はさぼってください。

 

それでもたいがい、県大会で優勝するぐらいにはなってますんで。

 

 

このように、”合理的な考え方でクズを目指す”というのはわりと大事かなと思っています。

 

 

というわけで、自分の立ち位置をしっかり把握して。 

県大会をまず目指してください。

 

 

今日はこんなもんで。

合理的クズの、もっといいたとえや事例があればいいんだけどな。ないや。

 

 

 

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

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